屋内。地下室。夜。
暗闇。
レイチェル(画面外から)
ねえ、誰かいる?
ハーヴィー・デントは目を開ける。何もなく薄汚い地下室で彼は椅子に縛り付けられている。
デント
レイチェル?君なのか?
レイチェル(画面外から)
(啜り泣きながら)
ハーヴィー。無事だったのね。だめかと思った…
彼女の声は床に置かれたスピーカーフォンから聞こえてくる。
デント
大丈夫だよ、レイチェル。きっと何とかなる。
彼は辺りを見回す。背後にはドラム缶数個が自動車のバッテリーに接続されている。カウントダウン中のタイマーが、あと五分を示している。
屋内。取調室。重大犯罪課。ゴッサム中央署。夜。
ジョーカーは満足げに座って微笑している。スティーブンスがドアを見張っている。
ジョーカー
電話をかけたいんだが。
スティーブンス
そりゃよかった。
ジョーカー
私は君の仲間を何人殺したかな?
スティーブンス
俺はもう二十年この仕事をしている。お仕置きをしてやれば反省する悪ガキと、お前みたいに殴られても喜ぶだけの化け物の違いはよく分かってる。
(間)
ちなみにお前は俺の仲間を六人殺した。
屋内。勾留エリア。重大犯罪課。ゴッサム中央署。夜。
例の太った手下がヨロヨロと鉄格子に近づく。警官が一人見張っている。
太った手下
(苦悶しながら)
頼むよ。腹ん中が痛いんだ。
警官
格子から離れろ。
太った手下
ボスが、身体の中の声を止めてやるといったんだ。中に入って、代わりに明るい光を入れてやるって。クリスマスみたいに。
警官
わかったから、離れろ。
太った手下は倒れる。警官が無線機を掴む。
屋内。倉庫。夜。
レイチェルが椅子に縛られている。背後にはデントの部屋にあるのと同じドラム缶。
デント(画面外から)
椅子を動かせるか?
レイチェル
だめ。ハーヴィー、もうあんまり時間がないわ…
爆弾につながれたタイマーは、2.47…2.46…
屋内。地下室。夜。
デントが無理矢理椅子を引きずって、ドラム缶ににじり寄って行く。
デント
身体を自由にする道具を探すんだ。
椅子が床の段差に引っかかる。デントは必死でタイマーに手を伸ばす。数インチ足りない。
レイチェル(画面外から)
助かるのはどちらか一人だけ、って奴らは言ったわ。選ぶのは私たちの…
(間)
私たちの友達に選ばせるって。
デントは必死に手を伸ばす。椅子が、デントもろともひっくり返る!はずみでドラム缶の一つも倒れる。
レイチェル(画面外から)(続けて)
ハーヴィー?どうしたの?
デントの頬がむき出しの床に押し付けられている。倒れたドラム缶からディーゼル燃料が溢れて、彼の周りに溜まって行く…
デント
何でもない。いろいろやってみてるんだ…
デントは何とか頭を持ち上げて燃料を飲むまいとする。
屋外。街路。ゴッサム。夜。
バットポッドが転倒したまま滑ってくる。ジャイロのおかげでバットマンは倒れずに運転姿勢を保っている。カノン砲をドアに合わせたところでバイクは静止し、ドアを吹き飛ばすと同時にバットマンは飛び降りる。
屋外。52番街。ゴッサム。夜。
渋滞をさけるため、ゴードンは車道に乗り上げて暴走する。あわてて逃げる歩行者たち。
屋内。取調室。重大犯罪課。ゴッサム中央署。夜。
ジョーカーは居残りさせられた小学生のように座っている。にやりと笑う。
ジョーカー
刑事さん、私がなぜナイフを使うか知ってるかい?銃はアッサリしすぎて、死んで行く奴のちょっとした感情を味わってる暇がないんだよ。ほら、人間ってのは最後の瞬間に正体が見えるからねぇ…
スティーブンスは懸命に無視しようとするが、うまくいかない。
ジョーカー(続けて)
だから、ある意味、私はあんたの友達をあんたよりよく知ってるんだ。
(にやりと笑い)
本当は臆病だったのが誰か、知りたいかい?
スティーブンス
(袖をまくりながら)
こんなことをしてもお前が喜ぶだけなのは分かってる。だが俺はもっと楽しんでやる。
スティーブンスはジョーカーの腹を殴る!
屋内。地下室。夜。
デントは半分ディーゼル燃料の中に浸かっている。
レイチェル
ハーヴィー、もしもの時のために…知っておいてほしいことがあるの…
デントは咽せる。感情に押しつぶされそうだ。
デント
そんな風に考えるんじゃない、レイチェル。
助けはきっと来る。
レイチェル
分かってるわ、でも、嫌なのよ…
屋内。倉庫。夜。
レイチェルはタイマーを見つめている。あと十秒。
レイチェル
私だけ生き延びるなんて嫌なの。だって今なら私は答えられるから。答えはイエスよ…
屋内。勾留エリア。重大犯罪課。ゴッサム中央署。夜。
救急隊員が太った手下のシャツを切り取る。腹に大きく切開された跡があり、手荒に縫い合わされている。
救急隊員
何らかの挫傷があります…
臍の上の皮膚の下に、何か長方形のものが埋まっているのが見える。
屋内。デカ部屋、重大犯罪課。ゴッサム中央署。夜。
スティーブンスがヨロヨロと入ってくる。喉に、ガラスのかけらが。突きつけているのはジョーカー。警官たちが銃を抜く。
スティーブンス
ぜんぶ俺が悪い。かまわず撃て。
マーフィー刑事
何が望みだ?
ジョーカー
電話をかけたい。
刑事たちは顔を見合わせる。一人が携帯電話を取り出す。ジョーカーに投げると、彼はダイヤルし始める。
屋内。勾留エリア。重大犯罪課。ゴッサム中央署。夜。
救急隊員が慎重に長方形を押してみる。それは発光する。柔らかな青い光が皮膚の下から透けて見える。
警官
これは…電話か?
屋内。デカ部屋。重大犯罪課。ゴッサム中央署。夜。
ジョーカーが「送信」ボタンを押す。部屋の反対側で、勾留エリアを守っているドアが爆発!
屋内。廊下。アパート。夜。
バットマンが廊下を疾駆する。あるドアの前で止まり、ドアを蹴る…
屋外。52番街。ゴッサム。夜。
車が何台も停まる。ゴードンが降りてくる。ドアを破るための消防用の斧を持っている。
屋内。廊下。アパート。
バットマンが蹴る。ドアが壊れる。バットマンが蹴破る。
屋内。アパート地下。夜。
バットマンがドアを破って突入する。デントが恐怖の表情で顔を上げる。
デント
馬鹿な!なぜ私を?
バットマンはデントを凝視する。ジョーカーは嘘をついたのだ。あと5秒。バットマンはデントを引きずり出す。デントは動くまいと暴れる。
デント(続けて)
レイチェル!
レイチェル(画面外から)
ハーヴィー?ハーヴィー、これでいいのよ…
デント
レイチェル!!!
屋外。52番街。ゴッサム。夜。
ゴードンは斧を手に入り口へと走る!
屋内。倉庫。夜。
レイチェルにはデントの声が聞こえる。タイマーがゼロになる。
レイチェル
(穏やかに)
じゃあ、どこかで…
爆発!すべてを飲み込む!
屋外。52番街。夜。
爆風でゴードンは自分の車のボンネットに叩き付けられる。倉庫全体が大爆発している。
屋内。地下室。夜。
バットマンがデントをマントで包み、床を引きずって行く。デントは泣き喚いている。
屋外。52番街。ゴッサム。夜。
ゴードンは何とか起き上がる。倉庫は地獄のように燃え盛っている。ゴードンはそれでも近付こうとする。部下たちが五人がかりで必死に彼を止める。
屋外。横丁。ゴッサム。夜。
第二の爆発…バットマンは炎に呑まれながらデントを守る!デントの左半身を浸していたディーゼル燃料が発火!デントは燃え始める。そして叫ぶのをやめる。バットマンが濡れた路上にデントを転がす。デントはジュージューと音を立てる。静寂。
屋内。特別勾留エリア。重大犯罪課。ゴッサム中央署。夜。
ジョーカーはもう一つの独房の前に来る。大きく笑う。
ジョーカー
やあ、こんばんは。
独房の中で怯えているのは、ラウ。
屋外。救急車。直後。
デントをのせたベッドが積み込まれる。顔には包帯。片側だけ残った目は虚ろに見開かれ、先刻の狂気を忘れたようだ。
屋外。52番街。直後。
ゴードンが火災を見ている。破片がアスファルトの上に飛んでくる。ゴードンは二つの切れ端をつまみ上げる。焼けこげたトランプのジョーカー。ジョーカーの顔の部分に、ラウの写真。巡査部長が近付いてくる。
巡査部長
デントは生きています。なんとか。しかし重大犯罪課で…ジョーカーが逃げました。
ゴードン
ラウを連れて行ったか?
(巡査部長は頷く)
捕まるのも計算のうちだったんだ。私が彼を重大犯罪課に置くのを知っていたか…
屋外。街路。ゴッサムのダウンタウン。夜明け。
パトカーが一台、猛スピードで通り過ぎる。ジョーカーが窓から犬のように首を出して、風を楽しんでいる…
屋内。厨房。ウェインのペントハウス。夜明け。
アルフレッドがテーブルに座って、レイチェルからの手紙を読んでいる。
レイチェル(画面外から)
ブルース、あなたに説明しなければなりません…
屋外。52番街。夜明け。
水。くすぶっている黒焦げの残骸。消防隊員たちが、廃墟と化した建物の燃え残った火を消している。一人の隊員が同僚をつついて、焼け跡の何かを指差す。
レイチェル
…正直に、はっきり言います。私はハーヴィー・デントと結婚します…
屋内。集中治療室。夜明け。
デントの焼けこげた顔が、取り囲む外科医たちの間からちらりと見える。
レイチェル(画面外から)
私は彼を愛しています。これからの人生を彼と過ごしたいと思います。
屋外。52番街。夜明け。
消防士たちが、焼け跡にたたずむ彫像のような影を見ている。バットマンだ。
レイチェル(画面外から)
「もしゴッサムがバットマンを必要としなくなったら一緒に暮らしましょう」と言った時、私は本当にそのつもりだったのです。
屋内。重大犯罪課。ゴッサム中央署。日中。
ゴードンが重大犯罪課の破壊の跡を調べる。転がる幾つもの死体。
レイチェル(画面外から)
でも今の私には、わからなくなりました。
屋外。52番街。夜明け。
バットマンは地面に片膝をつき、黒い手袋で、くすぶる残骸に触れる。
レイチェル(画面外から)
「あなたがいつバットマンを必要としなくなるのか。私はその日が来ることを願います。そのとき私はあなたの側にいるでしょう…」
バットマンは何かを見つける。デントの、顔が二つあるコインだ。黒く焼けただれている。バットマンはそれを裏返してみる。そちらの顔はピカピカのままだ。
屋内。厨房。ウェインのペントハウス。夜明け。
アルフレッドが手紙を読んでいる。
レイチェル(画面外から)
でもそれは、友達としてです。あなたの気持ちに応えられなくて、ごめんなさい…
屋内。病室。夜明け。
デントは包帯でぐるぐる巻きにされて、いくつもの機械につながれている。バットマンが彼の足下に立つ。様子を見ている。
レイチェル
たとえあなたが私を信じられなくなっても、
人々を信じることはやめないでください。
バットマン
すまない、ハーヴィー。
バットマンはデントの焼け焦げたコインをサイドテーブルに置く。
屋内。厨房。ウェインのペントハウス。直後。
レイチェル(画面外から)
かわらぬ友情を込めて。レイチェル
アルフレッドは手紙を読み終える。目に涙を浮かべて、彼は手紙を封筒に戻す。朝食のトレイにそれを置く。
屋内。ウェインのペントハウス。夜明け。
アルフレッドは静まり返った空間を歩く。冷たい大理石の上に転がる、バットマンのマスクや篭手の側を通って。彼はウェインに近付く。ウェインはバットスーツを半ば脱ぎかけたまま、ぐったりと椅子に腰を下ろしてゴッサムの風景を見ている。
アルフレッド
軽い朝食を御用意しました。
返事がない。アルフレッドはトレイを置く。封筒は銀のティーポットに立てかけてある。
アルフレッド(続けて)
わかりました。
ウェイン
アルフレッド?
アルフレッド
はい、ウェイン様?
ウェインは振り返る。助けを求める目。
ウェイン
すべて私のせいなのか?彼女が死んだのも?私はただ、人々を善に目覚めさせたかっただけだ。狂気ではなく…
アルフレッド
人々は確かに善に目覚めました。しかし旦那様はゴッサムの犯罪者の顔に泥を塗りました。人死にが出ると思ってなかったのですか?物事が良くなる前には、必ず悪くなる時期があります。
ウェイン
でもアルフレッド、まさかレイチェルが…
アルフレッド
レイチェルは旦那様が背負っているものを信じていたのです。そして今それを背負っているのは、旦那様一人ではありません。
ウェインはアルフレッドを見上げる。アルフレッドは床に落ちていたマスクを拾い上げる。
アルフレッド(続けて)
ゴッサムには旦那様が必要です。
ウェイン
ゴッサムにはヒーローが必要なんだ。私のせいで、ゴッサムのヒーローはジョーカーが半分地獄に吹き飛ばしてしまった…
アルフレッド
だからこそ、いまはバットマンが必要なのです。
アルフレッドはウェインにマスクを渡す。ウェインはアルフレッドを見つめる。
ウェイン
彼女は私を待つつもりだったんだ。デントは知らないけど。彼は永遠にそれを知ることができない…
アルフレッドは封筒をちらりと見る。トレイから封筒を取り戻す。
ウェイン(続けて)
それは何だい?
アルフレッド
またの機会に。
アルフレッドは封筒をポケットに入れる。
ウェイン
あの山賊は…ビルマの森の山賊は…けっきょく捕まえたのかい?
(アルフレッドは頷く)
どうやって?
アルフレッド
(不安げに)
森ごと燃やしました。