仮想温泉ぷろめてうす

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切りひらけ二十世紀!

なにやら怪しい気配を感じて

放置されて久しいmemepoolを見に行って見たら今月から復活しかかっている模様。やはりここは私もなにかやらねばならないのか。のかっ!
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ひさしぶりに電波を受信せし事

ファミコン版「グレート・ギャツビー」の未発売の英語版のROMをヤードセールで見つけてFLASH用に移植してみました、と称するサイトを見ているうちに何やら並行世界からの電波を私も受信したのでここに排出。

  • 学校の二階からジャンプ。宙返りや美しい着地を決めれば同級生が拍手してくれる。失敗して腰を抜かすと親父が大きな眼をして二階に戻される。
  • アナログスティックを操作して小刀で親指の甲を斜に斬りつける。傷の深さと流血量により友人からの尊敬度アップ。ただし血を流しすぎると画面がだんだん真っ赤になってゲームオーバー。(発売前にソニーにより検閲削除。)
  • 栗を賭けて質屋の倅と相撲。うまく隣の庭へ突き落とせば残虐行為手当が。
  • 清を操作して便所に落とした財布を竹竿で拾う。とても汚い。
  • 兄と将棋で勝負。負けると次のラウンドは格闘ゲームに。兄は女装。
  • From Dusk till Dorm. 宿直の夜。マッピーとかパックマンとかそれ系のレトロな画面で、記号化された中学生やバッタをピコピコ追い回し、一定数確保でステージクリア。宵の口から明け方まで、とにかくステージ数が多くてうんざりする。
  • ボタン連打で道後温泉を爆泳。遊郭の団子や天麩羅蕎麦を爆食。旨し旨し。
  • 蛮茶、越後の笹飴、端渓の硯等の曖昧な存在を巡って中学生、手紙の中の清、いか銀などを相手に激論を闘わせる。基本的に屁理屈をこねて誤魔化したモン勝ち。ボタン連打でしきりに端渓がるもよし。松山市街を探索してこれらのアイテムを実際に入手し、いか銀に売りつければ金には苦労しないで済む。
  • 赤シャツおよび野だいこと行く、とても嫌な釣りゲーム。ここだけ絵が暗黒モードの桜玉吉。何をしても馬鹿にされる。魚はゴルキ(ベラ)しか釣れない。
  • 同僚や関係者から話を聞いて、うらなり君の延岡行きについて調査。(アドベンチャーパート)
  • 山嵐と二人で「高知の何とか踊り」に飛び入り参加。要は集団剣舞なので少しでもタイミングを間違えると手足や首がポンポン飛ぶ。
  • 坊ちゃん無双。中学と師範学校の大乱闘を仲裁。腕に自信があれば数百人の生徒を普通に全員殴り倒してクリアすることも可能だが、その後新聞記事が表示されて即バッドエンド(1)に。山嵐(パワータイプ)との協力プレイ可。
  • ファイナルバトル。赤シャツをサーチ&デストロイ。鶏卵を顔にぶつけるぐらいなら良いが、うっかり撲殺してしまうとバッドエンド(2)。

主として原作の暴力的な知名度によりそこそこのヒットを記録した数年後、「それからの坊ちゃん:街鉄技手編」が発売される。誰も作ろうとしなかった明治東京の路面電車の緻密なシミュレーションとして変態めいた完成度を評価されるも、ニッチ過ぎて商業的には惨敗、シリーズはこれにて終了。しかしさらにその数年後、魂を受け継ぐ作品としてリアル系血まみれちゃんばらゲーム「阿部一族」、自衛隊クーデターシミュレーション「Mishima」、トランス念仏踊り系シューティング「白金之独楽」等が発売され、いずれも歴史の闇にズッポシ埋もれたそうな。どっとはらい。
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ヌルい方。

NHKの人形劇『新八犬伝』を子供の私は見ていたはずだが、朧な記憶しかない。ただ何やら差し迫った気配と人形の所作の端々と坂本九の声を覚えているだけだ。先日、ものの拍子でテーマソングを聴いて、これは只事ではないと思った。

大編成ジャズの饒舌に弦一本で応える三味線の底力。作曲者の
藤井凡大という人は現代邦楽方面のなんか凄い人という以外全くわからないのだが、こんなに達者に商業音楽を書けるのに経歴にはそっち方面の仕事が全く書かれていないのが激しく謎である。「明日はどんな人に会うだろう」という夕暮れの希望は、カメラが引けば実は因果に絡め取られ、各々のネズミ車を回すのに疲れ果てた個人たちの妄想やも知れず、またよく笑いのネタにされる「いざとなったら玉を出せ」というくだりは、直後にプリペアドピアノ(?)が「きんきん」と囃し言葉を入れるあたり、絶対ワザとやってんだと思うねアタシは。晩年、小説の筆を折った山田風太郎が「金玉みたいなものが枯れちまったからもう書けない」みたいなことをどこかのインタビューで言っていたけれども、玉とはやはりそういうものなのだろう。エンディングテーマでも今の絶望と未来の希望は対比されて、けっきょく血の滲む絶望八割な感じが素敵である。

なんせ原作と違って悪女船虫も「さもしい左母二郎」も平然と生き残る世界なのだ。坂本九はアイドル出身とかいうけれども私のよく知っている世代のアイドルとはどうやらアイドルの意味が違うプロの歌い手である。全員芸大の声楽科出身というロイヤルナイツも、「巧言令色すくなし仁
」だの「矢でもテッポでも来い来い来い来い」だのデタラメを歌ってるようで(バックコーラスがここまで勝手な詞をを歌っている曲は珍しいと思う)、そのデタラメを冷たいほど整然としたアンサンブルで歌える凄腕の騎士団である。NHK人形劇といえば、いつぞや取り上げた細野晴臣作曲の三国志は、やっぱりいい曲だと思うけれど、新八犬伝のように鬼気せまるものはなくて、こんな名曲にヘボヘボなネーちゃんの歌声を乗っけて堂々と放送してしまうあたり、つくづく時代がマーケティング主導というか、ヌルくなってたんだなあと思う。

そして私はどっちかというとそのヌルい方の気配にどっぷり浸って育ったような気がするのだ、困ったことに。
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インド出身の映画監督

…といっても最近とかくアレなシャマランさんではなく、主にコマーシャル方面の仕事をしていてたまに映画も撮る Tarsem Singh という人なのだが、面白いことを言っているので訳してみる。原文はここ。
http://www.imdb.com/name/nm0802248/bio

「ヨーロッパの映画業界でハリウッドとまともに張り合うのは無茶だ。そもそも予算が違う。でもヒンディー語圏の映画みたいに、ぜんぜん方向性の違うものは生き残れるんだ。例えば欧米ではオペラと映画は別扱いだ。四十四歳の役者は、たとえ同じキャラクターでも十二や十三歳の場面は子役に任せるけど、ヒンディー映画だと一人で演じてしまう。たとえ役者がデブで見苦しくても、観客は「これは美しいキャラクターなんだ」と無理やり納得して見てくれる。ヨーロッパでもオペラならそれで通るけれど、それがなぜか映画では許されない。ヒンディー映画では、すごく深刻なシーンの最中に、いきなり犬の回想シーンが入って、それも別にギャグじゃなくて大真面目に話が続いたりする。欧米の映画ではそれは無理だ。」
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おのれは女なれば…

「…いづちへも行け。」
そう言われた巴は、口惜しかったに違いない。
義仲に最後の戦を見せるためにねじ切った御田八郎の首を投げ捨てると、
鎧を脱いで東へ落ち延びていった。
未練を断ち切るように、どこまでも、どこまでも…



って、どこまでも行き過ぎー!
戦隊ものの怪人かアンタは。
さすがにあちこちからツッコミが入ったらしく、
続編の表紙はだんだんマシになっている。



ま、あくまで比較の問題なんだけどね。





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